“そもそも Google 日本語入力は、ソフトウェアエンジニアの工藤と小松の 20% プロジェクトからスタートしました。ご存知の方も多いと思いますが、Google の「20% ルール」とは、勤務時間の 20% を自分の好きなことに使って良いという社内ルールです。”
Google Japan Blog: 思いどおりの日本語入力 - Google 日本語入力
たった2人の20%が老舗のATOKを超えちゃったとしたら、(広義の)IT業界は泥なんかじゃなくてフロンティアのための業界だよね。以前IPAの天才プログラマーの人もいってたんだけど、企業じゃなく個人が有名になれる業界はここしかないって。
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“風呂はいったあとに後悔した事が無いから、めんどくさいけど風呂に入る”
Twitter / saigoofy: 「風呂はいったあとに後悔した事が無いから、めんどくさい… (via shayol)
確かに風呂入った後に後悔したことない。
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“短気な人は、ゆるぎなく明確なポリシーがあって、
理不尽なことには即座にツッコミが出来る、有能な人間になれる。怠惰な人は、本当にやりたいことだけを貪欲に追求することで他のムダを省き、
効率的で濃密な時間の使い方が出来るようになる。受け身な人は、適切な取捨選択の判断と相手に合わせた個別対応で信頼感を得て、
受信する情報や依頼される仕事や遊びの誘いを増やすことが出来る。自分の性格は直せない。
”
そして、直す必要がない。
“知りもしない人から嫌われたら、それはあなたが素晴らしいことを示している。”
“ほとんどの人が、自分自身の視野の限界を世界の限界だと思い込んでいる。だが、何人かはそうではない。彼らの仲間入りをしなさい。 ショーペンハウエル”
“(その理由)
1.はじめて読む本よりも、再読する本は、速く読める
2.はじめて読む本よりも、再読する本は、深く読める
3.再読することは、新たに読む本を探し出すコスト(その本がハズレである際に無駄になる探本コストも含む)を省くことができる。公平を期するために、蔵書の持ち越しコストを勘案しても、再読することの方がコストが低い。
4.新奇さにのみ浪費されるコストもない。
5.再読に耐えぬ本を発見し処分でき、再読に耐えぬ本をあらかじめ避ける眼を養うことを通じて、読書生活の長期的なコストを最適化できる。”
“もう終わりだと思うのも、さあ始まりだと思うのも、どちらも自分である。”
“未公開の写真がたくさん戸棚にしまってある。私の死後、発見されることだろう。写真は好きだったが、もううんざりだ。今では旅に出てもカメラは持っていかない。すでに何もかも写真に撮られてしまった。写真を撮ることにばかり気をとられていると、よく観察できないという気がする。”
“東浩紀
GEISAI大学っていう村上隆(Kaikaikiki)が主宰してる講演会を申し込んだ。
1回目は東浩紀。
とりあえずメモ帳にメモしたことをメモ。メモを起こしただけなので、内容には不正確な部分があると思いますが一切責任はとりません。つうか、これ他人が読んでもわからないよね。
□
・批評や思想がわかりやすい心理学化している。
・「ニートな俺、メンへルな私」という現象がほとんどの分野でおきている。
・「動物化するポストモダン」は社会学ではない。
・中沢新一や浅田彰は「何の役に立つの?」というカンジで世間に受け入れられなくなってる。
→それは不自由なことだ
・文学や美術の世界において、ふつう作家は美しいものを作ろうとする。
・しかし、オタク文化は消費者の欲望をそのまま具現化する
・作家と消費者の欲望がダイレクトに繋がっているのがオタクポップカルチャー
・ハイカルチャーだけではなく、ポップカルチャーも形式的(フォーマリスティック)だ。
→仮面ライダーディケイドの例
・ディケイドは思想の最先端!1Q84よりヱヴァよりディケイド。
・カードを選んで戦うという方法が商品、ゲームそのもの。
・カードを身にまとっているという、かなり悪趣味なルックス。
・美しい、かっこいいとは彼方の世界にある。
・子供はそれをカッコいいと思っている。
・かなり形式的に作られている。
・アニメ分析とか世代論に意味はない。
・ディケイドがどうのこうのと言ったって、あんなものを世間(時代)が求めてるわけがない。
・浅田彰「アニメやインターネットという土俗的な、ちょっと頭の悪いところから思想なんかを引っ張ってきて東君偉いよね」→アニメやインターネットを下に見るという価値観が違う!・デリダは実は難解ではないんじゃないか?というところからスタート。
・本を読んでいてわかる文章とわからない文章がある。
・わからない文章にとりあえず「()」括弧をつける技術。保留しておく。
・それをやったら読めてしまった・批評は価値の変換システム
・変換を噛ませればフラットになる
・90年代的なテーマは「心が成熟しているか」「いい大人とはなにか」
・それは虚偽問題だった
・子供が出来ちゃえば生物的に親になる。その程度のこと。
・「大人っぽくならなければならない」ということにとらわれている。
・子供のままでいることと、社会に関わることは両立できる。
・「選挙に行く」「社会について考える」という大人としての公共性は約束事(フォーム)にすぎない
・選挙は古いシステム
・ひとりひとりは個人で動き、トータルで公共性に繋がるシステムをつくっていけば良い・美術も批評も長くやっていると成熟しようとする
・そうじゃない状態でいることは難しい
・「成熟するのが難しい」のではなく「成熟しないほうが難しい」
ヱヴァ破について
・新劇場版で気に入ったのは使徒のデザインだけ
・日本のアニメがモンスターをどう描くか
・破の使徒は分子構造的な、幾何的なカタチをしていてあきらかに人間らしいカタチをしていない。
・ウイルスっぽい。人間ではない進化の可能性。
・よくできたエンターテイメントになってる
・トウジのアップの多用は旧作をみていた人しかわからない、など突っ込みどころはある。
・つまり二次創作的エンターテイメント
・SF的リアリティはない
→なんで人があんないるんだ
→赤い海で生物がうんちゃらいってる後ろには緑色の木々がバッサーみたいな・旧エヴァは90年代を代表するものではない。時代が求めていたわけではない。
・旧エヴァはシンジや綾波やアスカがテンパってピリピリしてた
・破ではフツーのキャラに成り下がっている
・綾波は弁当つくるし。
・アスカはもっと悲惨。「アンタ馬鹿ぁ?」で出てきた直後に料理しちゃってるし。・エヴァはいわゆる世界系のハシリ
・世界系の定義とは遠景(セカイ)と近景(わたし)をダイレクトに直結させた作品のこと。
・しかし破では中景を描写している
・大人は作品から意味やメッセージを読み取ろうとする
・子供はカッコいいからみる
・芸術作品から物語や意味を求める方向に向かっている
・「現実」(いいかえると「成熟」)を後押しするものが評論になってしまっているが、そうではない
□”
ちなみにヱヴァ破については、講演中に少し触れられて、質疑応答のときにあらためて質問しました。俺が。
毎週のように評論家やキュレーターにヱヴァのことを質問する私。
“ただ貧困なだけなら自殺はしません。
どうして貧困になったのか、絶えず問いかけられ、またその責任を問われつづけるから自殺してしまうのです。”
riko:
「ひとりずもう」より ひろしの名言 ? ohma ? retlet ? jinakanishi